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アンティックドールの歴史
西洋における磁器の発明は、18世紀初頭、ドイツのザクセン州マイセンに始まります。
当時、錬金術師であったヨハン・フリードリッヒ・ベットガ−は、ザクセンの国王に金の製造を命令されたが失敗し、その代わりに磁器を作るように命令されました。
国王は東洋磁器の大コレクターであり、自国での磁器製造を悲願としていました。ベットガーは幾度かの試行錯誤の結果、偶然にも磁器の材料であるカオリンを手に入れることができ、1709年成功を国王に報告しました。
後に名高いマイセン磁器の誕生です。なかでもマイセンの神髄といえば磁器人形です。優美な姿と鮮やかに施された色彩が、際立ってすばらしく、現代でも最高水準のものです。
人形全体が、磁器で非常に精密に作られています。アンティックドールと呼ばれている人形のルーツに当たります。18世紀中頃には数々の傑作が作られました。技法的には磁器土を素焼きし、紬薬を施し、丹念に絵付けをしてあります。
アンティックドールは、陶芸技法上ビスクと呼ばれるもので、大きな違いは紬薬を施さない点です。無紬のいわば、備前焼の焼き締めのような方法で磁器を焼きます。ここでは19世紀に作られた人形をビスクドールと呼ぶことにします。
話をマイセンに戻しますがベットガーの死後、磁器の技法は西欧各地に盗み出され、彼らにとって憧れの東洋磁器が、盛んに作られるようになります。
19世紀中頃、ドイツの陶芸職人がビスクドールを作り始めましたが、一部フランスヘの職人の移動があり、ここにいたって絢燗たるビスクドールの黄金期を迎えることになりました。
ドイツ人特有の確かな技術力と、フランス人の卓越した美意識との、まれにみる幸福な結合といえるでしょう。
現在のところ再現不可能な精密なガラスの義眼をいれ、髪の毛にはモヘアや人毛を用いています。ボディや手足は紙・石灰・おが屑・膠などの材料で作られています。身につけている衣装は当時の最新ファッションのものです。
ドイツ製のビスクドールは写実性が強く、健康的な魅力に対し、フランス製のものは、幼児の顔にメイクアップを施したような不思議な魅力を持っていて国民性の違いを感じさせます。
19世紀の末には、多くの工房が技術を競い合い、数々の名品が残されています。なかでもフランスのジュモウ工房では、年間数十万体の人形を生産したと言われています。
しかし、現在ではこれらビスクドールたちは、非常に高価な骨董品としてコレクションの対象になっています。技術の伝承が行われていれば、このようなことにはならなかったのではないでしょうか。
20世紀にはいると、質的に劣ったものになり、第一次大戦と第二次大戦との間の頃にはまったく作られなくなりました。
多くの人形研究家の意見では、当時大量に作られはじめたセルロイド人形の出現がビスクドールを駆逐したとされています。
安価で製造が容易なセルロイド製が、極めて高い技術力の必要なビスクドールにとって代わったわけです。
しかし、ただ製造上の理由だけがビスクドール消滅の原因ではないと思います。もう少し複雑な原因があるような気がしますが、その真相は謎とされています。
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